楽しみながらネットワークを広げる
東京都が64歳以上のシニアを対象に主催している学びの場である東京セカンドキャリア塾 アクティブシニアコース。定年退職をしたシニアに向けて、「楽しく学ぶ!」をテーマに、セカンドキャリアに必要な情報の提供と就業支援をサポートしているものです。学ぶだけでなく、楽しみながらネットワークを広げることができるので非常に人気を博している受講料は無料の講座です。
今回、お話を伺ったアクティブシニアの鈴木勇さん(71歳)も昨年度にこの塾に参加されました。
過去の栄光を忘れ、若者と協働できるか
東京生まれの鈴木さんは、中央大学を卒業後、主に外資系企業の日本支社でキャリアを積んできました。そして、昨年秋に退職するまでの15年間、大手文房具販売会社の役員として国内外の店舗開発に携わってきました。
退職を機に参加を決めたのが「東京セカンドキャリア塾」でした。鈴木さんはその理由について、次のように語ります。
「退職前、セカンドキャリアとして人材関連の仕事を漠然と考えていました。しかし、何をどうやって進めていくべきか、自分の中で明確な答えが出せていませんでした。そこで、改めてじっくり考える時間を持ちたいと思い、セカンドキャリア塾に参加することにしたのです」
東京セカンドキャリア塾の「アクティブシニアコース」は半年間にわたり実施されるプログラムです。時代背景を理解し、自分自身を深く見つめたうえで、頭の中にあるアイデアを形にする方法を学びます。再就職を目指す人だけでなく、参加者それぞれのタイプに応じて、キャリアカウンセラーによる人生の振り返りや今後の生き方についてのカウンセリングも行われます。
鈴木さんにとって特に印象的だったのは、卒業制作ゼミを担当した高平先生の言葉でした。
「『過去の栄光は忘れなさい。あなたのこれまでのキャリアや実績は、今後の役に立たないかもしれない。若い人たちと一緒に働けますか?』という問いかけに、ハッとさせられました。私は貫禄や威厳があるわけではないので、若い人たちと働くこと自体には不安はありませんでした。しかし、自分が“シニア”であるという認識が不足していることに気づかされたのです」
この問いをきっかけに、鈴木さんは「世の中にどんなニーズがあるのか」「社会にどのように貢献できるのか」を深く考えるようになりました。そして、収入を得る仕事と社会貢献の2つの軸について改めて向き合うことになりました。
卒業制作のプレゼンテーションでは、鈴木さんは「自分でできる社会貢献」をテーマに、ライフワークでもある古典落語を生で披露する企画を提案しました。
「社会に求められることを探す中で、自分が楽しみながら続けてきた古典落語を活かせると考えました。プレゼンを通じて、自分らしい社会貢献の形を見出すことができました」
東京セカンドキャリア塾を通じて、鈴木さんは自らの経験を再定義し、新たな挑戦への一歩を踏み出しています。
古典落語での社会貢献
鈴木さんと落語の深い縁――幼少期からの思い出と新たな挑戦
鈴木さんがライフワークとして据えた落語との縁は、実は幼少期にまでさかのぼります。
「小学生の頃、親に連れられて何度も上野鈴本演芸場や、今は無き人形町末広に足を運びました。そのおかげで、名人・桂文楽師匠の落語を生で聴くという幸運にも恵まれました。ただ、社会人になってからは仕事に追われる日々で、落語とは縁遠くなってしまいました。しかし、偶然にも妻と新宿末廣亭を訪れた際、六代目三遊亭圓窓師匠の落語に出会い、その魅力に心を奪われました。何日経っても耳からその声が離れず、忘れられなかったのです」
圓窓師匠との出会いと落語への本格的な取り組み
鈴木さんが落語の世界に深く入り込むきっかけとなったのが、圓窓師匠が主催する落語の勉強会でした。
「勉強会の後、師匠と10分ほどお話する機会があり、その翌週から落語の稽古に通い始めました。それが私の落語人生の始まりです。当初は、自分が落語を演じるなんて自信は全くありませんでしたが、気がつけば落語にどっぷりと浸かる日々を送っていました」
仕事の合間を縫って通った圓窓師匠の落語指南所では、噺家としてのスキルを磨き上げました。そして、東京セカンドキャリア塾での学びがシンクロし、古典落語を活用した社会貢献というキャリアプランが具体化したのです。
古典落語で社会貢献を――鈴木さんの想い
鈴木さんがセカンドキャリア塾の卒業制作で提案した「古典芸能を活用した社会貢献」のプレゼンには、彼の熱い思いが込められていました。その根底には、現代社会における人間関係の希薄化への危機感がありました。
「今の世の中、家族でせっかくレストランに食事に来ても、それぞれスマホをいじって話をしない姿をよく見かけます。近所付き合いも減り、人間関係が薄れている今こそ、人情味あふれる落語を聞くべきだと考えました」
鈴木さんは、落語がもたらす効果を以下のように整理しました。
- ご高齢の方々には 笑いに包まれた楽しい時間を提供する。
- 働き盛りの皆様には 忙しい日常から離れ、束の間の非日常空間を体験してもらう。
- 若い世代には 落語という新たな文化への入口を開く。
「落語を始めて14年、自分自身が楽しんで学ぶだけでなく、人々に聞いていただくことで社会に役立てるということに気がつきました。それが今の私の原動力です」
落語を通じて笑顔や感動を広げる――鈴木さんはその信念を胸に、新たなキャリアを歩み始めています。
そして、生身の人たちの前で落語をすることで自分自身の勉強にもなるということで、中央区、江東区のアクティブシニアに登録して、落語会をボランティアで開催することにしました。令和弐年に亭号を艶羽楼文具(いろはろうぶんぐ)とし、「まっつぐ落語会」を主宰。共通の価値観をもつ仲間たちと共に落語、講談、マジック、和楽器などを寄席というかたちで披露されています。
「午前中はマンションの管理人としての仕事をしながら、シニアの方々だけでなく、小学生を対象としたボランティアの落語会など、幅広く活動していければと思っています」
学びの場に再び身を置いたことで、様々な気付きを得た鈴木さん。退職してからも学ぶことの大切さがあることを体現されているお一人であります。
尚、東京セカンドキャリア塾 アクティブシニアコースの今年度の募集は締め切られ、10月中旬から講座は開始しています。
Photo:M. Minowa
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