ー就職のあっせんはどのようにするのですか?
10年前は、苦労して企業とのマッチングを行っていましたが、いまはハローワークごとに厚労省より派遣される長期療養者支援相談員、別名、就労ナビゲーターがいますから、ハローワークにつないでいますので事業としてはあまり重視していません。ハローワークのほうが圧倒的に仕事の紹介数が多いですから。また、がん診療連携拠点病院でも就労の相談にのってくれますから、直接支援ができないケースはそうした場所と連携をしています。
我々は、就職面接などのスキルを身につけていただくことだけではなく、「新しい自分」を見つけることを大切にしています。「がんで月一回の検査が必要だから休ませていただきたい」などとマイナス面を言うより、「私はこれが得意、生きがいだから、これをしたい」「これで会社に貢献できる」と、プラス面を訴える就職活動をしてほしい。そうできれば、面接する会社の、その方への見方が違ってきて、がんという事実は遠景になるのです。
ーピアサポートの効果とは?
人はがんと告げられたその日から“がん患者”になります。まず自分の病気を理解しなくてはならない。治療の見通しを知って、療養の計画を立てなければならない。仕事や生活のことも考えなくてはなりません。
そういうときに、同じ病気を経験した体験者、仲間と話すことは「一人ではない」という希望につながります。
会社の人々や家族にも話せないことも、同じ思いをしてきた体験者には素直に話せます。ピアサポーターとは、その方のがんとの旅路に伴走して、ときどきに「ひとりじゃないよ、大丈夫だよ」と寄り添う存在です。
体験者同士の話し合いで気をつけなくてはいけないことは、たくさんあります。たとえば治療のアドバイスや、薬剤の情報などを語り合うのは危険です。日進月歩で進歩するがん医療ですから、体験者が自分の治療が成功したと話しても、それはもう過去の治療で、いまや一番の選択ではないということも多々あるのです。ですから、常に研修が必要です。
情報の提供も大切です。本人が納得して治療が受けられるよう、しっかりとした情報源(がんセンターのホームページなど)や本を伝えて、医療者に疑問をどんどん問いかけるように勧め、できるだけ自分の治療を理解してもらうようにしています。
ーとはいえ、患者が医療側に、いろいろ聞くのはハードルが高いのでは?
医療とのつきあい方で強調するのは、旧来型の「賢い患者」になるな、ということ。がんは長期にわたる療養が必要な場合も多いし、心理的にも負担が大きい病気です。医療との信頼関係がないと治療もスムーズにいきません。
「遠慮しないでご自分の問題や不安、要求を訴えてください。味方してくれるマイチームを病院内につくってください」と提案します。
医師に遠慮があったり怖いと感じるなら、看護師やソーシャルワーカーなどに頼ってもいいのです。納得して、自分の心身にできるだけやさしい治療を受けること。それが現代の「賢い患者」なのです。
ー会社のなかでがんの相談をできるのでしょうか?
がんに罹患して仕事をどうしょう、というとき、会社の産業医や人事に相談して、戦略を立てる人はまずはいないですね。がんを理解していない上司に「治療に専念すべきだろう」なんて言われて、傷ついて辞職という例が多いのが悲しい現実です。
そこで企業の中にいるシニアのがん体験者に、ピアサポートや就労支援の基本を学んでもらい、会社のなかでがん患者の相談役になっていただきたいと思うのです。患者ひとりひとりの事情や個性、なによりも仕事のやり方への希望をよく聞き取って、その方たち、つまりはワーキングピアサポーターの方々が、会社の人事や産業医につなげ、患者のできること、できないことを整理し、意向が実現できるよう働きかけていきます。そういう役割が必要だと思っています。
現在、「Work CAN’s」(ワ―キャンズ)という働くがん体験者の集まりが始まり、ネットで意見交換をしたり、オンラインで合同研修会などを開催しています。がんという共通の立場で、製造業も金融業もサービス業もつながっています。そこでは、休暇の取り方ひとつでも「えっ、こんなに違うの?」というぐらいに企業風土の違いが明らかになり、みなさん興味津々です。がんと仕事を両立させるために、どういう工夫が必要なのか、そういう対話からも、ヒントが見えてきます。
前回の合同研修会では、25社100人以上が参加されてきて驚きました。会社名を名乗ったり、製造業とだけで参加してきたり、自由な雰囲気です。
ー会社のなかのピアサポーターは、どのようにつくるのですか?
「ワーキングピアサポーター研修」をオンラインで行い、月1で交流会を開いています。「職場にはこんなふうに話したよ」「履歴書にはこう書きました」「面接ではこう伝えました」「診察のために休みたいときこんなふうに説明したよ」などなどの体験を伝えあいます。会員からは投稿を募り、「ワーキャンズエピソードバンク」にためて、働くがん患者さんの参考にしてもらっています。
最近は「課外活動」もスタートをし、ビール会社のサバイバー(がん体験者) を中心に、「生きる喜びが感じられるビール」を作るプロジェクトが動きだしました。このプロジェクトに賛同した会員たちが、ひとりひとりのがん体験イメージを「苦い味」「複雑な気持ち」など言い合いながら、ホップ選びなど新しいビールづくりに取り組みました。わいわいとやっていると、色々な意見がでてきます。
「副作用で、指が痺れているときプルトップ開けづらいよね」「味覚障害が出てもおいしく飲めたらいいね」「缶の質感はどうかなあ」などなど。そこで「プルトップを開ける補助具を考えよう」とアイデアがでれば、お菓子メーカーの人は「それにあうおつまみも創ろう」と発展していきます。
そこで出るアイデアは、きっと高齢者や障がい者にも有益ですよね。どんな病気でも障がいでも、だれでも尊重されるノーマライゼーションの実現にこんなところからも近づいていける、とうれしくなりました。