咲くべくして咲いた大輪の桜

そもそも絵本は心温まる作品が多いカテゴリーではありますが、ただのぶこさんの絵本「はるさんと1000本のさくら」は表紙から素敵な香りが漂っていたというのが書店で見た時の印象でした。2022年に創設された「書店員が選ぶ絵本新人賞」の映えある第1回の大賞に選出されたこの作品。既に書店で購入されたという方も多いのではないでしょうか。今回のアクティブシニアでは、この作品で絵本作家デビューとなった、ただのぶこさん(76歳)にお話をお聞きしました。

「ボーッと生きてきただけなんです。すみませんって感じで(笑)」

冒頭から顔をくしゃくしゃにして、申し訳なさそうな笑顔で受賞の感想を語るたださん。

「掃除機を掛けていたところに編集者の方からお電話があり、そのことを伝えられたのですが、初めは何それ?って感じでした」

561作品の応募の中から自分が選ばれたこと、受賞したことを実感したのは電話を切った後。途端に目から感情が溢れ出たそうです。

絵本を初めて描いたのは娘さんが幼少の頃

「娘が言葉を覚え始めた頃、毎夜、絵本を読んで欲しいとせがまれました。それなら、画用紙に絵の具で娘を主人公にした物語を作ってみようと描いたのが始まりでした。娘が成長したらというのを想像しながら、こんなふうになればなぁとか楽しみながら描きました」

たださんは出産を機に勤めていた小学校を29歳で退職。もともと絵を描くのが好きだったということと、学校でもらっていた小学生用の12色の絵の具が家にあったので、それを使って描かれたそうです。

「妄想好きというか、ツルツルと話が繋がっていくのを絵にしていただけなのですけどね」

受賞した『はるさんと1000本のさくら』も唸りながら生み出した作品ではなく、たださんは勝手に話が転がっていったと語ります。小説にしろ何にしろ、作家という人たちは苦しみながら作品を形にするものという常識を、たださんは笑顔で覆してくれる本当に不思議な人です。確かに、その画風には素人目にも狙っていった感が全く感じられず、素朴でピュア、いうなれば無垢という言葉がしっくりくるというのを否定する人はいないでしょう。

その後、50歳でたださんは臨時教員として復職されますが、絵を描くことなど考える余裕もない、家事と仕事に忙殺される毎日を送られていました。しかし、偶然とは思えない、再び絵本づくりへの想いが再燃するきっかけが起きたのでした。

「50半ばで小学1年生の担任になったのです。先生とは何かも認識のない歳の子たち。おしゃべりが止まらないなか、静かに!と言って収まるわけもありません。そこで、おこりんぼうでわがままでいじわるで可愛くもないお姫さま……と呟いて黒板に絵を描きました」

そのまま即興で話を続けたところ、騒いでいた子どもたちがたださんの話に集中して静かになったそうです。

「子どもたちとの生活の中にヒントは沢山あったので、どんどん話が広がっていきました。家に帰ってから、それを絵本にしたことが絵本作りの復活であったと思います」

65歳からの学び

60歳で退職後は近所の方に絵本を作り、「面白いね」と言ってくれる近所の方に差し上げたり、読み聞かせのボランティアに行ったりという日を過ごしていました。

「子どもたちが大きくなり、お父さんも仕事で毎日帰りが遅い。ひとり、家にいたら、社会と繋がっていない気がして虚しさが込み上げて来ました」

自分から行く勇気がないので、困っていると言われたら「いいよー」と言って快く手助けしてきた人生。誰の役にも立ててない、これでいいのかな、という気持ちが強くなっていったそうです。さらに、作った絵本を喜んではくれるけれども我流でやっていることなので、ご自身としても今一つ満足していなかったそうです。そんな折、お父さんから京都の嵯峨美術大学での絵本講座を勧められることに。

「週一回の4年間の講座で、自宅の神戸からは電車を乗り継いで往復6時間でした。でも、色々な世代の人たちが通って来られていたので、楽しくて仕方なかったです。それに、3年目ぐらいの時に、先生から大学内の駐車場の使用を許してもらえて、高速道路を使って1時間で行けるようになったので、途中でやめるなんて気にもなりませんでした」

65歳から美術大学で本格的に絵本作りを学ぶことを純粋にエンジョイした。その様子が想像できるくらいに楽しそうに話されるたださん。

「年に3作品を作るという締切りのある生活はハリがあってよかった」と感じていたので、絵本講座を終えてしまって、ダラダラと毎日を送る生活は?と思われたそうです。そして、69歳のたださんは応募締め切りのある絵本の新人賞に応募するようになりました。

「お掃除していて、廊下の床の木目を見ているだけでもお話が沸いてきてしまうんですよね(笑)」

無邪気な笑顔で語られますが、その独特の発想力に年齢というものが一切感じられないたださん。「役に立てるように寄り添うように生きてきただけ」と話すご自身の姿勢が生み出した賜物なのでしょうか。

「競争という状況をあまり経験していないからかもしれませんね。平和が一番ですから(笑)」

成果、対価を求めない。ガツガツと取りに行かない。たださんの言う「寄り添うように生きてきた」とはそういうことなのだと思いました。

また、お父さんが四国のお遍路に行くことになった時、神戸から徳島までの長距離を自動車で送って行かれたというたださん。

「第1番札所にあたる『霊山寺』から少し車で回り、山道に入る所で、じゃーねーって言って帰ってきました(笑)」

このお話だけを聞くと、夫が言い出し妻がそれに従うといったことでの夫唱婦随という言葉が頭に浮かんできてしまいます。しかし、たださんご夫婦の場合は、夫唱婦随の意である夫婦仲が非常に良いことはもちろんなのですが、「夫が言い出し妻がそれに従う」とは異なっているような気がしました。お父さんから美大の絵本講座にいくことを勧めたり、絵本作りに没頭されている時はお父さんがご飯を作ったり、古の夫唱婦随ではなく、現代の円満ご夫婦であると微笑ましさが込み上げてきました。 奈良県吉野山の桜をご夫婦で見に行ってツルツルと話が生まれたという『はるさんと1000本のさくら』。花見のためではなく、蔵王権現様の神木として大切に育てられ、数百年の歴史をもち、約3万本の桜が植えられているという吉野山。古から才豊かな文人が吉野山では歌や句を詠んでいます。きっと、たださんもその一人になるべくしてなったのではないでしょうか。

「次の作品のお話とかも色々ありますが、のんびり、ぼつりぼつりと描いていければです(笑)」

絵本はみるものか、読むものか。『はるさんと1000本のさくら』は両方であるといえます。あえて、今回の記事では作品の内容を一切ご紹介しませんでした。大人なりに、子どもなりに、それぞれの捉え方ができる作品だと思いますので、固定概念なく手にしていただければと思います。

ちなみに、たださんが今も絵本作りに使っているのは、初めて書いた時と同じ絵の具メーカーの同じ12色を使っていらっしゃるそうです。 現在では百色以上もある水彩絵の具。既に出来上がった色味の絵の具を使うのではない。12色を掛け合わせて、たださんの頭の中にある色を再現する画法とツルツルと生まれるストーリーの次回作が今から待ち遠しいです。

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