宮下享子(きょうこ)さんは20代で結婚し、専業主婦として過ごしていましたが、ちょっとしたきっかけから、40代で介護の世界に入りました。63歳で介護の仕事を辞め、現在は自宅の一角で『くぬぎや』という雑貨店を開いています。『くぬぎや』には、宮下さんが厳選した商品や、宮下さんご自身が制作した商品が並んでいます。
さまざまなことにチャレンジしながら軽やかに歩んでいる宮下さん。肩の力を抜いて楽しみながら生きるコツをお聞きしました。

目次
傾聴ボランティアがきっかけで、専業主婦から介護の世界に
宮下さんは大学卒業後、1年半ほど仕事をし、その後結婚。しばらくは専業主婦として過ごしてきました。
出身は大阪ですが、大学から実家を離れました。早くに結婚をして、3人の子どもにも恵まれました。その当時は、『友の会』の幼児生活団に子ども3人を入れて、8年間熱心に通いました。そこで、私自身も手芸やパン作りなどを学ぶ機会を得ました。その時、学んだ手芸の技術が今に役立っています。
※『友の会』:雑誌「婦人之友」から生まれた会員組織
一番上の子どもが中学生になるタイミングで、高齢者の話を聞く傾聴ボランティアを始めたんです。40代でまだ若かったので、ボランティアとしてやるより、仕事としてやったほうがいいんじゃないかと考えました。
それで、介護の仕事に就いたんですね。
はい、訪問介護の仕事を始めました。世田谷区に『ふれあい公社』というのがあり、そこで講座を受けて、ホームヘルパーになりました。
当時は、介護保険制度が始まる前で、午前中3時間とか、午後3時間とか、ゆったりとお年寄りと一緒に過ごすような感じでした。今と違って、細かな決まりもなくて、ピアノを弾くおじいさんと一緒に楽しく歌を歌ったりしていました。
いろいろな仕事の選択肢がある中で、高齢者に関わろうと思ったのは、どうしてなんでしょうか。
うーん、やりがいですかね。私は実家がお寺で、お年寄りと接する機会が多い環境で育ってきました。お年寄りと接することが自然だったからかもしれません。
子育てが少し落ち着いた時に、私が関わりたいのは、“高齢者だ”って思いました。実際、お年寄りには、皆さんそれぞれの人生があって、お話しするのは楽しかったですね。

50歳で地域包括支援センターに就職
ホームヘルパーからキャリアをスタートした宮下さんですが、資格を取得してステップアップしていきます。
働き始めたころは、子どもの学校のPTAなどもありましたし、午前中だけとか、午後だけとか自分のペースで仕事をしていました。一定期間ホームヘルパーをするとケアマネージャーの受験資格が得られるんです。それで、ケアマネージャーの資格を取りました。
50歳の時に、地域包括支援センターに就職し、高齢者介護の相談窓口で相談員の仕事を始めました。はじめは、非常勤でケアマネージャーとして働いていたのですが、その後、社会福祉士の資格を取り、63歳まで常勤で働きました。朝8時半から夕方5時半までの仕事だったので、ちょっとしんどかったですね。
社会福祉士の資格も取得したんですね。難しそうですが・・・
介護福祉士の資格をもっていたので、取りやすかったんです。とはいえ、2年間通信教育で勉強しました。こんな分厚い本を読んだり、レポートを書いたり、集中して勉強しましたね。大変でしたが、久しぶりに勉強するのは楽しくもありました。
地域包括支援センターでのお仕事は、具体的にはどのようなことだったんですか。
介護認定が要支援の方のプランを立てたり、介護保険の受付をしたり、いろいろある制度の啓蒙活動をしたり、民生委員とやりとりしたり、問題のある方を区に繋いだりというのが仕事でした。社会福祉士としては虐待ケースの対応もありました。
お子さんは大きくなっていたとはいえ、ご家庭との両立が大変だったのではないですか。
子どもたちは、もう手がかからなくなっていました。でも、同居していた義理の姉が闘病して亡くなりました。その後、義理の両親が相次いで認知症になったのですが、介護については知識があったので、その点は良かったです。手続きもスムーズにできましたし。 その時は大変だったのかもしれませんが、忘れちゃったんです(笑)。
別世帯だと通わなくてはなりませんが、義理の両親とは、二世帯住宅だったので、何かあればすぐにわかります。義理の両親の食事を毎日作るのが大変だったら、お弁当をとるなど、無理のない範囲で介護をするようにしていました。

63歳できっぱり介護の仕事を辞め、『くぬぎや』を開業
あっさりと介護の仕事を辞めていますが、どのような理由で辞めたのですか。
体力的にきつくなってきて、60歳のころから「あと2年で辞めます」って宣言していました。
明確な理由は自分でもわからないんですが、介護系の仕事はもうやり切ったかなという気がしていました。なんと言ったらいいんでしょう・・・満ちてくるというか、もういいかなって感じでした。そのタイミングで、仕事上、気持ちが空回りすることやがっかりするようなことも積み重なって、潮時だなと思いました。
特に何かをやろうと決めていたわけではないんですね。
そうですね。まずは、少しゆっくりしようと思いました。
『くぬぎや』を開いたきっかけはどのようなことだったんですか。
もともと焼き物や民芸が好きで、例えば九州旅行をするなら、唐津、有田、伊万里を回ろうと計画したりしていました。それで、窯元を訪ねているうちに、焼き物が欲しくなって、増えていってしまいました。そうこうするうちに、置き場所もなくなってきて、自分で使い切れないなら、売ってしまおうかと思ったんです。
でも、素人なので、どこかにお店を借りて開業するのかとか、それで売上が上がるのかとか、何もわからなくて・・・。開業するということが全然現実的ではなかったんです。
ある時、我が家に遊びに来た友人が、「自宅の駐車場の場所をお店にすればいいんじゃない?」と言ったんです。当時は、まだ車があったんですが、もう子どものお稽古ごとの送迎もありませんし、そんなに車に乗らなくなっていました。家族からの反対もなかったので、車を売ってしまいました。とはいえ、周囲の人たちは、実際に開業できるとは思っていなかったみたいなんですが。

えー、ではどのように開業までこぎつけたんですか。
まず、設計デザイナーの方に見ていただいて、設計図を書いてもらい、開業に向けて動き始めました。開業にこぎつけるまでには、周囲の人たちにずいぶん助けられました。
設計デザイナーを紹介してくれた人、外装内装のペンキ塗りを手伝ってくれた人、看板やチラシの絵を描いてくれた人、開店早々駆けつけてくれた人、今も事あるごとに買ってくれる人・・・。
夫と子どもたちも、宣伝などいろいろ協力してくれました。人とのつながりのありがたさをしみじみ感じました。
「楽しみ」と「やりがい」を両立させながら、『くぬぎや』を運営
『くぬぎや』には、焼き物や民芸品の他、袋類や服、ポットカバーなどがおいてありますが、これらは宮下さんが作っているんですか。
私が作っています。『友の会』の時に学んだことが役に立っています。
友人の息子がナイジェリアに赴任していて、アフリカの布を買ってきてくれたんです。その布がすごく好きで、自分で縫い始めました。今年はアフリカの布で作ったワイドパンツを縫ったのですが、結構売れました。ポットカバーはポーランドで買ってきた布や遠州綿紬のぬくもり工房のもので縫っています。
縫っている時は楽しいですね。この布とあの布を組み合せようとかいろいろ思いつくんです。



お店は順調ですか?
正直なところ、そんなに売れないんです。住宅街で、それほど人通りも多くなくて、たまたま通りがかった人や、友人たちが買ってくれています。
でも、陶器はあまり売れても困るんです。仕入れがなかなか大変なので。私が見出した若い作家さんが売れてくると、なかなか売ってくれなくなったりします。ですから、新しい作家さんを開拓しなくてはならないんです。
欲がないというか、週3日の営業なんですね。
週のうち日曜日、月曜日、水曜日にお店を開けています。他にもやりたいことがあるので、自分の自由になる時間は確保しておきたいんです。
火曜日は書道を習っていますし、月に2回土曜日は世田谷区の『かるがもスタディルーム』というところで、ひとり親家庭のお子さんの学習支援をおこなっています。それ以外にも、親しい友人たちと過ごす時間も大事にしたいと思っています。決まり切った時間に拘束されるのはもうイヤなんです。自由に自分の時間を使いたいですね。
以前、高校時代の友人たちと、アウシュビッツの見学を含め、勉強を兼ねたポーランドへのツアーを企画したんです。すごく楽しかったし、学びがありました。これからは、学びのある遊びをたくさんしていきたいと思っています。

この先、どのように過ごしていきたいと考えていますか。
『くぬぎや』は開業して5年なのですが、この後5年は続けたいという目標があります。その後は自分の状態によって考えようと思っています。
今は好きなこと中心の毎日です。義務的にやっていることはありません。今後もこんな風に過ごしていけたらいいですね。そのためにも、ジムに通って筋トレをして体力の維持を心掛けています。
<編集後記>
宮下さんは、そのご経歴からも分かるとおり、これまでさまざまなことに意欲的にチャレンジしてこられた方です。実際にお会いしてみると、気負いは感じられず、ごく自然体で歩んでこられたという印象を受けました。介護の仕事も資格の勉強も「楽しかった」と語る宮下さんには、人としての幅の広さがあり、それが行動の原動力になっていると感じました。
今はまさに、興味のおもむくままに、自分時間を自由に過ごされています。いろいろなことに興味をもつ力こそ、人生を豊かに過ごす上での大きなポイントだと実感しました。
(取材・起稿 谷口明美)

『くぬぎや』 世田谷区代沢4-6-10 開店日は日、月、水曜日11:30~17:30 詳細はこちら
