“認知症でも自分らしく生きる”を支援

―どのように介護事業をスタートされたのでしょうか。

埼玉県桶川市で、中重度認知症(要介護度3~5)の方をケアする施設から介護事業を始めました。『尋常小学校デイ 和が家の学校』というデイサービスです。当時(12年ほど前)は、ご家族が同居で在宅介護をしたい方やできる方が、まだ結構いました。しかし昨今は、息子さんや娘さん達が自宅から都会へと移り住み、独居や老老世帯の高齢者が増え、社会環境が変わってきています。

1日10人定員の小規模なデイサービスで、1日4人程度のスタッフで対応していました。適切な支援やケアをすることで、認知症が進むどころか、緩和されていきます。認知症であっても、明るく楽しく、そして、自分らしく過ごせるということを実感しました。

―次の展開はどのようなものだったのでしょうか。

9年前に、より軽度の要介護度1~3の方を対象とした、アルツハイマー型認知症に特化したデイサービスを開きました。埼玉県伊奈町の『和が家の古民家 デイいぶき』です。

認知症になると短期記憶は失われがちになりますが、残存機能である長期記憶やプライミング記憶(体に染みついた記憶)を生かすケアを、ここではしています。例えば、味噌づくりをしたり、梅干を作ったり、干し柿を作ったりします。創業以来、今でも大きな変化なく通えている方もいます。こんなふうに、認知症の進行スピードを緩やかにすることができている方もいます。

伊奈町の『和が家の古民家 デイいぶき』

この施設では、利用者の皆さんが人間関係をつくり、自分ができる事ややりたい事を増やし、自信や笑顔を取り戻せるようにしています。自分らしく生きることを目的に、私たち介護スタッフは利用者のみなさんに寄り添っています。

農作業をしたり、料理を一緒に作ったり、庭仕事をしたりします。そうして役割ができると、皆さんの目が輝いてきます。また、おいしいものを一緒に食べることで、不安が解消されます。通われている皆さんは、自宅に帰ったような感覚で楽しく、いきいきと過ごされています。

1日10人定員からスタートし、今では認知症の方の問合せが増えて、1日20人程度受け入れています。1日7~8人のスタッフで対応しています。

―採算はとれているのでしょうか。

採算面は幸いなことに今のところ問題はありません。たくさんの問合せを頂いていることも採算が保てている要因と言えます。また、施設の建築に巨額な投資をすることが介護事業の失敗のひとつの原因とも聞きましたので、この古民家の施設は大工さんと一緒に改修し、費用を抑えながら作りました。

介護施設は増えてきていますが、介護施設と言えど、営利企業です。介護は人件費が占める割合が多く、もちろん給料を安定的に支払う必要があります。認知症ケアを真剣にやると手間もかかりますし、黒字になりにくいので、認知症ケア向けの施設はなかなか増えづらい状況です。

―認知症ケアを真剣にやるとは、どういうことなのでしょうか。

認知症ケアには流れ作業ではないケアの知識が必要です。新しくスタッフになった人には、これまでの施設での知識を捨ててほしいと言います。食事・排泄・介助を重視するこれまでの介護と異なり、認知症ケアは認知症に関する知識のみならず、“人間学”や“関係性”を大切にしたケアが必要です。

なぜ人が不安になるかということがわかってくると、ケアのしかたも変わってきます。認知症で不安にとらわれている方でも、人間性を取り戻し、安心できるようになると落ち着いてきます。こうやって、ケアを通じて立ち直った方を多く見てきました。

認知症ケアとは「人とどう関わるか」ということです。効率を求めた介護では対応できません。結果として利益は出ていますが、私たちは利益が第一目的で、介護に関わっているわけではありません。認知症や障がいを持っていたとしても、その人らしく生きられるかどうかの支援を第一に考えておこなっています。それを実現するためにケアに真剣に取り組んでいます。

信念をもって介護に携わる事業所がもっと増えるといいなと思っています。そうすることで、高齢化社会の地域がもっと幸せになれると思って私たちは取り組んでいます。

認知症の方にとっては、環境を変えずに今まで住み慣れた自宅で過ごせるということも症状を進行させないために重要な要素です。そのためには、介護するご家族と介護従事者との連携が大事になってきます。

ご家族が真剣に介護に取り組めれば、私たちはより伴走することが可能になります。ただ現実には、ご家族がご両親の自宅から離れて住み、仕事していることも多いため、連携も簡単な状況ではありません。しかし、ご家族の側も共にケアを学んでゆけば、認知症の当事者の方の症状も緩やかになり、笑顔も多くなってきます。

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