ー食べ物で人生が変わるのですね。では、ストレスに対して良い方法はありますか。
僕自身すごく疲れたり落ち込んで自律神経が乱れてくると、長時間歩くようにしています。気分が落ち込んでいるときに、妻に山に連れて行かれたのがきっかけです。1日数時間のウォーキングを2~3日続けると抑鬱症状が消えていくことを何度も経験しました。走っても水泳でもダンスでも良いのです。ストレスに良いのはリズミカルに体を同じペースで動かす運動です。この運動を続けていくと脳内のある種のホルモンが増え、気分が改善していくのです。
また、感動もストレスにもの凄くいい。特に自然の中で体を動かし、感動すれば最高のストレス対策になります。
ー自然の中での感動ですか。
僕にとっては感動体験が原点です。ある時、サバンナで素晴らしい夕陽に出会い、そこにシマウマが来たのです。露出がどうとか構図がどうとか頭がコンピュータのように動いていたのですが、そのうち何も考えたくなくなっているのに気付きました。写真などどうでもよくなってきたのです。そして深い至福感に包まれていった。後で分析したのですが、深い感動によって言語情報が抑制されて、右脳が優位な状態になり、その状態では深い至福感を感じることが分かったのです。しばらくして、言語情報が戻ってきて、「撮れているだろうか」と考え始めるとその至福感も消えていく。その直前の、言葉がない、すべてが一つにつながった分け隔てのない世界。どうもこれが生命の本質”いのち“ではないか、と思い始めたのです。
ー“いのち”についてもう少し詳しく聞かせてください。
人間は普段は左脳中心で生きています。そこには形があり、色があり、匂いがあり、あなたと私の区別がある。それが命の世界で、われわれの脳が創った世界観です。でもこれは紛れもない現実です。ところが、ミクロの世界では境がない。例えば、象が草を食べているとします。われわれには、象と草は別々に映るけれど、草は食べられた瞬間にゾウになっている。実はすべてがひとつで、関係性だけが変化していく。これが本質なのでしょう。ところがわれわれは脳が創った世界観によってその本質とは違った世界観を生きるようになったのです。自我を確立させるために、すべてを『分ける』方向で世界を理解しようと進化してきたのです。たしかに『分ける』ことは分析しやすくなる。科学は発達するのです。でも本質であるすべてが分け隔てのない一つの世界観からは遠ざかっていく。これが今の人間社会。だから、いじめも差別もなくならない。
我々の向かう方向性は、現実としての“命”と非現実だが本質的な“いのち”の両者を生きていることを自覚し、一歩ずつでも“いのち”に近づいていくことだと思うようになりました。そのためには、深い感動体験や他者のために生きることが大切になるのでしょう。実際はなかなか難しいですけどね。
ーそういう理由でアフリカ・サバンナに向かったのですか。
いえ、小さい時から動物が好きで、ずっと行ってみたいと思っていたのです。32才で初めて行って、そこから動物の写真を撮ることにハマっていき通い続けるようになりました。
ーアフリカ・サバンナと向き合う中で、医師として何か感じることはありますか。
命はつながっているということです。死は終わりでなく、他の命に変わっていくだけなのです。そして、その中で動物たちは精一杯生き、そして他者の糧になっていく。つまり“いのち”そのものを生きているのです。
ところが人間は“命”を生きるようになり、そこから離れてしまった。そして、老病死の苦しみを抱えざるをえなくなった。
でも、悪いことばかりではありません。動物たちはサバンナの素晴らしい夕陽に感動することはありません。人間だけが感動する。これは“命”を生きる人間だからこそ味わえるものです。
“命”を生きる人間が、“いのち”を思い出し、そこに少しだけ近づいていくことが大切だと考えるようになりました。“命”と“いのち”について考えてもらうために「マイシャと精霊の木」(光村図書出版)という本を書きました。
ーこの2年間のコロナ禍について、どのようにお考えですか。
コロナを極端に畏れる人と、コロナを気にしない人の両極に別れました。どちらも正しくないのです。うまくバランスをとるべきです。
家から出ないことで認知症が増えたり、生活習慣病が重くなったりということが起きました。受診を控える人が増え、一時期はクリニックの経営が大変だったこともありました。でも、良い面もたくさんあります。例えば、飲み会がなくなったりとか、電車が混んでいなかったりとか。何か起きても、必ず良い面と悪い面と両方あるのです。ネガティブに捉えないで、どちらもありだなと柔軟に考えたほうがいい。生命の大原則は、常に変化することなのですから・・・・。
ー井上さんは何歳まで医師として働き続けるつもりですか。
身体が動く限り、働き続けようと思っています。医師として働けるということは幸せだと思っています。頭が働くうちは車いすになっても働くつもりです。臨床医ができなくなっても理事長はできますし、当面は80才まで理事長を務めることを目指しています。
僕の人生は、自分だけの人生ではありません。患者さんだけでなく、スタッフや家族など多くのものを抱えているのです。でも、その大変さは幸せと表裏一体なのです。
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