ー東京都が実施している『セカンドキャリア塾』に通われたそうですが、どのような理由で入られたのですか。
アップダウンがありながらも少し安定したタイミングに、次の事業を考えようと思っていました。ところが、その矢先に不況とコロナ禍がきてしまい、まったく先が読めなくなりました。私のようなフリーランスでやってきた人間は自分で何かを作れるので、先さえ読めれば動けるのです。老後に備えて、お金を貯める時期なのに(笑)と思いました。
それで、どうしたらいいのかを考えるきっかけが欲しいと思って、2021年に『セカンドキャリア塾』に通いました。『セカンドキャリア塾』では、結果的にですがいろいろな人脈やご縁を得ることができました。
ーコロナの影響は大きかったのですね。
不況になってからの待機も長かったのですが、コロナ禍で広告業界の動きが止まり、本業のキャスティングプロデューサーの仕事がまったく動かなくなりました。
大学が美術系だったこともあり、美術館・博物館で、コンシェルジュのアルバイトをしました。展示物の内容を説明したり、場所の案内をしたりする仕事だったのですが、社会勉強になりました。
ー今後のキャリアについて、どのようにお考えですか。
私は、多くの皆さんと違って、すでにセカンドキャリアは経てきて、サードキャリアを考えるタイミングです。それに、フリーランスで仕事をしてきているので、次のキャリアに移ることに、会社勤めの方のような不安はありません。
今後どういう方向にいこうか、模索中です。基本は、これまでのキャリアや人脈を活かしながら、プロデュースの仕事をしていくのだろうと思っています。広告業界にこだわらずに、新しいチャレンジをしていこうと考えています。
私は関裕二さんという古代史作家のファンで、イベントで新潮社の方に紹介していただきました。今、その方のマネジメントをしようかなと考えています。出版に関しては別にプロデューサーがいるので、もう少し売れてきたら、マスコミ対応の部分のマネジメントができたらと思っています。
また『セカンドキャリア塾』で出川通先生という方に出会いました。この方は、企業コンサルや起業ベンチャーのアドバイスなどの仕事をされていますが、趣味で出雲大社の研究をされています。出川先生の趣味の部分をプロデュースして、NHK文化センターで「古代出雲の神々と金属資源」という講座をやりました。
今後はこんな風に、文化人の方のプロデュースもやっていこうかなと思っています。
本業のキャスティングプロデューサーの仕事が徐々に回復してくれば、不安はなくなりますが。
ー何才まで働こうと、お考えですか。
出川通先生は70才ですが、バリバリ活躍されています。それを見ていると、体力的に問題がなければ、ずっと仕事ができそうだと感じています。
これまでお付き合いのあった取引先企業の定年が伸びたことは、私にとっては追い風です。再雇用で給料が下がっても、やりがいをもって仕事をされている方も多く、そういう方たちと組んで提案の仕事をしていけますから。
ー働くシニア、働こうしているシニアに何かアドバイスはありますか。
コンシェルジュのアルバイトをしたときに、ちょっとした年齢差別も感じたことがあります。基本的にはシニアを受け入れてくれる場合が多いのですが。ただ、シニアだから新しいことを覚えられないだろうとか、シニアだから皆の調整をしてくれるだろうとかと、決めつけられる経験をしました。そういう時はあまり固執せず、ここで上りつめようと思っていないのだからと、割り切ってしまったほうがいいと思います。
また、通常であれば65才で定年となり、それまでの仕事は終わります。それ以降も仕事をしたいなら、自分の得意分野を何かつくっておいたほうがいいと思います。
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