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人口データのお話し

本日の話題は「人口データ」です。

普段生活していると、マクロな「人口データ」など遠い存在であり、意識してなくても全く問題無さそうです。

しかし、それほど遠くない未来を考えると、人口の動きを知っておくことは意味があります。

国内の65歳以上人口は、3,588万人に。

総務省の統計では、2019年の65歳以上の高齢者人口は全国で3,588万人と、過去最高の人数になりました。

日本の総人口1億2,617万人に占める割合は28.4%。およそ10人中3人が65歳以上になったということです。

他の数字と比較してみましょう。

2020年の東京都下の人口は1,398万人です。神奈川県では920万人、千葉県は628万人、埼玉県は734万人で、一都三県を全て合計すると3,680万人です。

3,588万人と3,680万人。一都三県の総人口が国内の65歳以上の数が殆ど変わらない。やはり世界一の「超高齢社会」です。

働きたいシニアの居場所は?

高齢化の流れは更に進み、2030年、日本の総人口は現在から700万人ほど減って1億1,900万人になるのに、65歳以上は3,715万人に増加します。

全人口が減るのに高齢者が増えるということは、少なくとも「今以上」の社会保障を期待することが難しくなるということです。

若年層一人当たりの税負担額が極端に増え、高齢者を支えきれなくなり、高齢者は自分の生活(経済)や健康を、自分で守る必要があります。

そのためには、アクティブで勉強熱心で、働きたいシニアがいつまでも働ける、そんな社会の実現が必要になります。

人口推移のロジックから「働きたいシニアがいつまでも働ける世の中のスタンダード化」は、実は避けることはできない課題なのです。

何歳からが「シニア」?

昨日、71歳の女性とシニアの就業についてお話をしたのですが、彼女は「私も「シニア」なんでしょうか?」と仰っていました。先週話をした66歳の女性も全く同じです。「シニア」と呼ばれるのは抵抗がありますよね。

一般に、20~40代の人たちが思うシニアは「65歳以上」と言われています。しかし、65歳の当の本人は半数以上が自分を「シニア」だと思っていません。

調査会社のリサーチ&ディベロップメントがおこなった調査によると、誰しもが「シニア」と認める年齢は「75歳以上」という統計結果が出ています。

しかし、75歳になっても自分を「シニア」と認めない人も一定数以上いるようです。

 

年齢で分けるのは適切ではない「シニア」

こうなってくると年齢区切りで「シニア」と呼ぶのは適切ではないということになります。これまでの仕事、経験、年の取り方は人それぞれ。一括りにすると間違った選択をすることもあるでしょう。

ビジネスの世界では「シニア」という言い方より相応しいのは「マスターズ」という言い方でしょうか。スポーツでも一定以上の年齢向けの大会は「マスターズ」と呼ばれます。

「マスターズ」という言葉からは「上級者」「ステイタス」などのニュアンスも感じ取られますね。

いまの65歳が40歳のころ

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1993年(平成5年)はどんな世の中だったでしょう。

戦争、復興、高度成長、激動の「昭和」から元号が変わり「平成」となりました。

平成5年は、年明け早々から「皇太子様・雅子様ご婚約」のめでたいニュースからスタートしました。

5月には前年1992年に発足したプロサッカー「Jリーグ」が開幕し、7月には横浜に当時日本一の高さとなったランドマークタワーが開業。同7月に船橋にららぽーとSSAWS(ザウス)が営業スタート。翌8月には東京港区のレインボーブリッジが開通 などなどの、華々しい出来事がありました。ランドマークタワーもレインボーブリッジも、もう25年経ったんですね(感慨)

この頃の世相としては、内閣総理大臣は自由民主党の宮澤喜一、衆議院議長は社会党の土井たか子が初の女性議長になった。「Jリーグ」が流行語大賞となり、巷ではナタデココ・ブームが巻き起こりました。ジュリアナ東京では「お立ち台」を若い女性が占拠していました。平和ですね。

当時の職場は

しかし実際のところは「バブル崩壊」で不況の波は確実に押し寄せていました。企業の業績は落ち、就職も氷河期に入ります。この頃に大学を卒業した22~23歳くらいの人たちは現在50歳前後。最初の「就職氷河期世代」です。

その頃40歳(現65歳)の方々の働き方はどうだったのでしょう。

当時のサラリーマンの平均年収は477万円前後。それまでうなぎ上りに上がっていた給与が1993年~1997年前後を境にして、急に上がらなくなりました。20代~30代の若手時代を組織の中で働いてきた当時の40歳は「自分達の給料はもっとあがる筈なのに。おかしいな」という方も多かったのではないでしょうか?

1995年にはマイクロソフトからWindows95がリリースされ、本格的に職場にパソコンが普及しだしたのもこの頃です。覚えてきた仕事のやり方を徐々に変えなくてはならなくなった40代。若手の指導もしながら、新しいことも覚えなくてはならない。でも給料はなかなか上がらない・・・。そんな時期だったのではと思います。

バブル崩壊、終身雇用・年功序列の終焉、働き方の変化、ITの台頭 などなどエトセトラ。

当時の40代にとっては、「激動の昭和」のあとの「大転換の平成」ではなかったでしょうか。

いまの65歳が30歳だったころ

1983年(昭和58年)当時30歳ということは社会人になっておよそ7~8年。中堅社員としてバリバリ働く年です。

この頃のサラリーマンの平均月収は219,900円、平均年収は3,380,900円で、高いのか安いのかよくわからないですが、その後90年代に入ると大卒初任給が20万円台になっているのを見ると、80年代はまだまだ安かったんだと思います。仕事以外の生活ぶりは実際どんなだったのでしょうか。

相撲はウルフこと千代の富士が強く、夏の高校野球はPL学園と横浜商業が決勝を戦い、PLが勝った年でした。当時、桑田や清原選手はまだ1年生で初めての甲子園を経験した年です。

この年一番大きな事件は「ロッキード事件」でした。戦後最大の疑獄事件と言われ、多くの逮捕者が出ると同時に数名の不審死も出た怪事件です。

国内のできごと

1月31日 元消防士勝田清孝,名古屋市第一勧銀御器所支店の駐車場で強盗未遂で逮捕

1月26日 ロッキード裁判丸紅ルートで,元首相田中角栄に受託収賄・外為法違反で懲役5年の求刑

2月13日 青木功,ハワイアンオープンで米ゴルフツアー初優勝

2月13日 瀬古利彦、東京マラソンで2時間8分38秒の国内最高記録で優勝

5月26日 日本海中部地震。男鹿半島に遠足中の児童や工事中の作業員、大津波にさらわれるなどで104人死亡

6月13日 愛知県警,戸塚ヨットスクール校長戸塚宏を傷害致死容疑で逮捕

7月15日 任天堂より初代ファミリーコンピューターが発売

10月12日 東京地裁,ロッキード裁判の田中角栄被告に懲役4年・追徴金5億円の実刑判決

10月14日 東北大で日本初の「試験管ベビー」(体外受精児)出生

12月27日 第二次 中曽根康弘(自民党)内閣

そのほか文化面では、4月に浦安市に東京ディズニーランド開園。11月には劇団四季『キャッツ』の無期限上演を開始 などがありました。

「vivi」「LEE」などの女性誌の相次ぐ創刊、NHK朝の連続テレビ小説「おしん」視聴率が驚きの62.9%、女子大生がブームとなった「オールナイトフジ」など、数々の社会現象が生まれました。

いまの65歳が20歳だったころ

今から45年前、1973年(昭和48年)はどんな年だったでしょうか。

20歳というと、進学していれば大学2年生。この頃の大学の進学率は3割弱だったようです。

GNPは世界第2位となり、終身雇用・年功序列の日本型雇用が定着。「会社人間」「猛烈社員」などのキーワードが生まれたのもこの頃でした。

1973年は第1次オイルショックの年。電力・ガス・石油化学製品の値上がり、トイレットペーパー・洗剤の買い急ぎや買いだめが発生したのはちょうどこの年です。

11月~12月にかけてオイルショックの影響は大きく「省エネ」がこの年の流行語にもなりました。「狂乱物価」と言われた激しい物価上昇。高度経済成長もこの頃に終焉を迎え、それまで10%前後で推移していた国民総生産(GNP)も、5%台に低下しました。

1970年辺りまでは、若者文化の流行の発信地といえば「新宿」と言われました。しかし、この年に渋谷で「PARCO」の開店があり若者文化の歴史が大きく変化し、若者の街は渋谷へと移り変わった。2020年になった今も「若者の街」である渋谷。45年もずっとそのポジションは変わっていません。

オイルショックはあったものの、日本は一旦高度経済成長を終え、生活基盤も整って、社会全体がひと段落した時期だったということでしょう。

東京を中心として情報発信が盛んになり、若者はそれぞれのファッションに身を包んで将来に夢をはせていた。

当時20歳だった現シニアは、充実した青春を過ごしていたのでしょうか。

国内のできごと

4月2日 建設省,1月1日現在の地価を発表,前年比30.9%の急騰

10月1日 東京教育大学を廃して現在のつくば市に筑波大学を開学

10月17日  第四次中東戦争でオイルショック・モノ不足・大手商社の買い占め

11月2日 石油ショックでガソリン・紙など品不足,スーパーマーケットに買いだめ客殺到

11月6日 大手電機各社,節電のため大都市のネオンサインを消す

11月20日 イトーヨーカ堂によりセブン-イレブン(当初の社名はヨークセブン)設立

11月23日 ガソリンスタンド,日曜・祝日休業を実施

12月10日 副総理三木武夫,石油危機打開の政府特使として中東8か国訪問(~12.28)

12月25日  0APEC,日本を友好国として必要量の石油供給を決定。

12月22日 国民生活安定緊急措置法・石油需給適正化法公布。

またこの年は、アイドルの桜田淳子や山口百恵がデビューした年でした。

海外のできごと

10月6日 第4次中東戦争勃発

10月16日 湾岸6か国,原油70%値上げ

10月17日 0APEC,原油生産削減決定(石油ショツク)

7月20日には、香港の俳優でカンフー映画の第一人者として知られたブルース・リーが死亡しました。

いまの65歳が10歳だったころ

いまから55年前、1963年(昭和38年)はどんな年だったでしょうか。

10歳というと小学4年生。自我も生まれ、周囲の様々なことに興味を持ち始める時期ですね。環境がその後の人生観に大きな影響を与え始めるころですね。

国内のできごと

5月1日 埼玉県狭山市で女子高校生誘拐される。

5月4日 遺体発見。

5月23日 浦和地検,石川一雄を別件逮捕(=狭山事件)。

第2・3次 自民党池田勇人内閣

7月28日 池田内閣改造

8月15日 第1回全国戦没者追悼式,日比谷公会堂

9月1日 米原潜寄港反対集会を横須賀・佐世保で開催

事件事故関連では、9月5日に東京地下鉄「京橋駅」で時限爆弾が爆発、10人が負傷。11月9日には東海道線鶴見列車多重衝突事故、三井三池炭鉱が相次いで発生しました。12月8日にはプロレスラー・力道山が赤坂で刺され搬送され、15日死亡しました。

ちなみにこの頃の大卒の初任給は、平均で19000円程度。たばこは「ゴールデンバット」がひと箱30円。新聞購読料は月390円。国鉄の初乗り料金は10円でした。

世界のできごと

11.22 ケネディ大統領,ダラスにて凶弾に倒れる。

11.24 暗殺容疑者オズワルド,射殺される。

いまの65歳は、10歳という多感な年ごろの入り口で、こんな出来事を目の当たりにしていたんですね。

いまの65歳が生まれたころ

皆さんは「真知子巻き」をご存じでしょうか?

いまから65年前、菊田一夫脚本のラジオドラマ「君の名は」が大ヒットして、翌年映画化。そこでヒロインの氏家真知子演じる岸恵子さんが巻いていたショールの巻き方が「真知子巻き」だそうです。

この「君の名は」は60年以上経って新海誠監督の大ヒット映画につながったわけですが、ちなみに当時ラジオドラマは毎週木曜放送で、その日は銭湯の女湯が空になってしまうほど世の女性たちは熱狂していたようです。興味深いですね。

 いま65歳の人たちは、どんな人生を送られてきたのでしょう。65歳の方は1953年(昭和28年)生まれ。では昭和28年はどんな年だったのでしょうか。調べてみました。

国内のできごと

1963年は、はじめての赤色公衆電話、日本テレビの民放スタート。企業では「国際電信電話(KDD)」「永谷園」や「東洋水産」などが設立した年でした。

1月31日 南方8島の遺骨収集に日本丸出航。 遺骨440体を収集して帰国

2月28日 吉田首相,衆院予算委で社会党西村栄一に「バカヤロー」と暴言。

3月14日 内閣不信任案可決、衆院解散(バカヤロー解散)。

3月18日 自由党結成(総裁鳩山一郎)。岸信介,自由党入党。

4月2日 日米友好通商航海条約調印

4月3日 沖縄の米民政府,土地収用令(布告109号)を公布(所有者の許可なく米軍による土地収用を可能にし,軍用地強制収用が続発)。

8月21日 中央気象台,開所初の38.4℃を記録。

8月28日 日本テレビ,民放初の本放送開始

他にも、街頭テレビが大変な人気になったり、蛍光灯が家庭に普及し始めたりといった、これまでと違う機械が生活に浸透し始めた時代でした。

ちなみにこの頃の物価は、テレビ受像機18万円/白米(10kg)680円/ビール107円/入浴料15円/公衆電話10円。

どれも興味深いものばかりです。

海外のできごと

1月20日 アイゼンハワー,米大統領に就任

7月27日 朝鮮休戦協定調印

8月12日 ソ連,初の水爆実験に成功

いまでは当たり前のテレビや電話、ラジオや映画などが次々と浸透し始めたこの頃。日々の生活は驚きと活気に満ち溢れていたのでしょうね。

初任給平均は19,400円で、テレビが18万円だったので一般家庭には高嶺の花。街頭テレビに人気が集まったのが納得できます。収入的には苦しいが、子供たちはこれからの生活を夢見て目を輝かしていたのではないでしょうか。