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俳句は、いつでも自分に戻れる場所。七五の魔に魅せられて、気づけば半世紀

俳句は、いつでも自分に戻れる場所。七五の魔に魅せられて、気づけば半世紀 ー(1)

金子いづみさんは、結社『若葉』(昭和3年高浜虚子の高弟・富安風生により始められ、現在主宰鈴木貞雄)所属の俳人です。新人賞の艸魚(そうぎょ)賞を平成16年に50代で取られ、ご本人曰く“遅咲きです”。神奈川県を中心に句会の指導を十数か所でされています。今回、縁あって句会の様子とお話をお聞きすることになりました。今日の句会は大和市、私、句会に伺うのは初めてです。

大和駅で待ち合わせさせていただき、そこから会場までゆっくり歩いていきます。

「吟行してから句会に伺うということをよくします。コロナ禍以前は、泊りの吟行を愉しんだりもしましたけど」

吟行とは、名所や自然豊かな土地を散策しながら俳句を作ることを言います。今日は大和のにぎやかな通りを抜けると、会場はすぐでした。今回の句会は、さくら俳句会。30年の歴史があり、会員は本日入会者2人を含め60から80代の18名。12、3年前から、金子さんが指導されています。

本日の参加は、男性2名を含む計11名。ご時世柄、参加者は少なめです。金子先生が見られている他の句会も、会員は女性が多いとのこと。参加者と託された欠席者の句をまとめた、大判の紙が2枚配られました。そこに自由吟(雑詠/自由題)と兼題(前もって出された題、今回は寒椿)の句が並べられています。

句には名前を伏せられ番号のみが付けられ、順番にひとりひとりが自分の良いと思う佳作5句と、天地人一句ずつを選びます。票が割れる中にも、選句が重なるごとに票がいくつかに集中していきました。そして、最後に先生が句を添削しながら佳作と特選を選びます。

先生が選んだ特選を挙げます。
表札の子の文字薄れ鳥雲に

先生が文字の箇所を“名の”に変えられました。
表札の子の名の薄れ鳥雲に

一堂に皆さん、うなずきます。

添え書きの心温もる年賀状
初夢の亡き父母も卓囲み
潮の香の通ふ山道寒椿
藪の中光を集め寒椿

以上です。

その後でまた1句ずつ作者を明かして、みなで鑑賞に入ります。句ごとに、“あら女性かと思ったら男性の作?” などと意外そうな声が。

福寿草福を分けあふポチ袋
には、ご本人から「実は暮れに宝くじが当たって、孫にもあげたのです」と。「ええー、いくらいくら」との声が。結局、額は明かしませんでしたが、高額? この句には、周りから「福と福が重なるので元日草は」に、先生「そうね」とそこは変更。福寿草のこと元日草ともいうのですね、存じませんでした。

検討のさなか、「う?ふ?」「そこは、はひふへほだから“ふ”ね」とか「小文字は、明治以降に入ってきたカタカナのものはOK、でもひらがなはNG」とか「刺繍や絵画の花は季語にはならない」とか、“私、無知でした”の嵐。

最後に、おひとりから「先生、今回佳作が多い気が」。「新年のサービスね」(2月初め取材)で、あっという間の2時間でした。

終わってから、句会の会長小林則之さんと副会長の高橋敦子さんを交え、金子先生にお話をお聞きしました。

2時間お疲れさまでした。心地よい疲れですかね

敦子さん 以前はお昼を挟んで4時間もしたりしていました。でも今はちょっと無理。2時間くらいがちょうどいいですかね。

お二人はなぜ俳句を始められたのですか

小林さん 入会して16年でしょうか、もともと無趣味だったのです。営業職でゴルフと飲み会、そんな生活でした。前の会長が中学の同級生で誘われたのですが、断っていた。ただ、そのころ会に男が2人しかいなかったので、男を入れたいと思ったのでしょう。熱心で。では、一度顔を出してみようかと。
まあ、それで入会です。俳句がおもしろいというより、皆さんに取り囲まれた感じ。それから歳時記を買って勉強しました。3年経って男が入ってきて、飲める人ばかりでその飲み会が楽しみで続いています。

敦子さん 私は25,6年になります。いつのまにか最古参ですかね。短歌をしていたのです。俳句を誘われ、お断りしてもまた誘われ、まあ俳句もいいかなと。相通じるものがあったのですね。会での人との出会いが楽しみです。深い付き合いがないのに、俳句を通じてプライベートが垣間見える。

小林さん 先生によって違うのです。前の先生は厳しくて、まあ考え方ですね。でも申し訳ないのですが、私は句会の後の飲み会が楽しみという感じで。素人でも楽しい会です。

敦子さん でも丁寧に教えていただきましたよ。

小林さん 私はうまい下手より、皆と会えるのが楽しみなのです。でもここから若葉(金子先生の属する結社)に移る人もいます。レベルアップしたいというやる気が本人にあれば。人それぞれでいいのではないでしょうか。