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どう働いて、いま、なにを思う。自分の定年は自分で決める

どう働いて、いま、なにを思う。
自分の定年は自分で決める(1)

定年年齢は自分で作りたいとおっしゃる荻田京子さん(仮名)に、シニアが働く秘訣をお伺いました。

*本人のご希望により本名、写真など配慮させていただきました。


お時間をいただきありがとうございます、現在のお仕事とこれまでの経歴などをお聞かせいただけますか。

私は、現在小規模保育園で保育補助の仕事をしています。大学を卒業後に一般企業に就職しました。大学では児童学を専攻し、保育士と幼稚園教諭の資格を取得しました。幼稚園への就職も考えましたが、知り合いからの誘いもあり一般企業に就職しました。当時は、2、3年就職し寿退社という時代でしたので、私も社会勉強のつもりで、そう長く働く気持ちはありませんでした。

しかし、仲間、仕事がおもしろい、チャレンジできる、勉強できるなどが私を後押しし、秘書部で60歳の定年までお世話になりました。退職後、失業保険受給のためにハローワークに出向き、シルバー人材センターを紹介されました。

そこで自治体の窓口受付の仕事を、その部署が閉鎖されるまで3年間働きました。その後、現在の保育園で保育補助の仕事を週に3日ほど午前中にしています。こちらでお世話になり、かれこれ6年になります。退職してからも10年ほど働いていることになります。

 

シルバー人材センターで仕事を見つけ、
その後、友人の紹介で今の仕事に

定年後から再就職されるまでの道のりを少し詳しくお聞かせいただけますか。

ハローワークに行ったことから、再就職活動が始まりました。そこでは、職業相談や職業紹介を受けるなどの求職活動が求められます。過去の仕事内容や希望業界、職種、条件などを登録し、求人情報の検索や相談員のアドバイスを受け、キャリアを振り返り、これからに活かせそうなスキルや自分の特徴などを整理しました。

しかし、なかなか思うような仕事がありませんでした。しばらくして地域のシルバー人材センターを紹介され、そこでは幸いにもすぐに自治体の仕事が見つかり、面接などを受け採用されました。役所内での受付業務で、来所者のご案内や電話応対、事務処理等で、今までの経験も活かせ、安心感がありました。3年後に部署が閉鎖され、そこでの就業は終わりました。

隣人が自宅近くの保育園で求人のあることを紹介してくれました。なにかの折に保育士の免許のある事を話していたのを覚えていてくださっていたのですね。さっそく伺うと、保育士として来てほしいと言われましたが、資格はあるものの経験も実績もないので不安でした。そこで、1日就業体験をさせていただきました。乳幼児の可愛い顔を見ていると心が動き、保育士補助として当初はほぼフルタイムで働いていました。しかし、園の移転で自宅より遠方での勤務となり、今は週3日午前中のみで働いています。

 

定年後も働こうと思われたのは、なぜでしょうか。

そうですね、まず私自身が定年を迎え、健康のためと家でじっとしているより動いている方が好きなことがあります。また、何らかの形で社会とつながっていたいと思う気持ちが強くありました。もちろんお金はあった方がいいのですが、それ自体は大きな目的ではありませんでした。

ハローワークで仕事を探していると、いま社会でどのような仕事が求められているのかがわかり、これもまた社会とつながっている一つと感じました。いままで秘書部で長年働いており、人と関わる毎日でしたので、退職し急に人との関わりがなくなることに不安感や寂しさもあったようにも思います。

縁があり、いまこうして仕事をさせていただけることは、幸せなことだと思っています。学生時代に取得した保育士などの資格が、今頃生かされるとは思ってもいませんでした。うれしい気持ちもあります。今もつき合いのある学生時代の友人たちからは、やっと資格が生きたわね、なんて言われています。

 

長年会社勤めをされ、それらの経験が今につながっていると思いますが、具体的にはどのようなことでしょうか。

私が入社した会社は、どちらかといえば男性優位の傾向がありましたが、このような言いかたしかできないのですが、本当にいい人たちの集まりでした。ガツガツとしたところが感じられません。もちろん仕事に対する軸や責任感、達成意欲などは秘めたところにあったと思いますが、穏やかな人たちの集まりでした。

その中で仕事をさせていただいていたので、私自身もゆったりとした気持ちで仕事ができ、人を思いやりながらのコミュニケーションのとり方や、社会人としてのマナーも身につけることができたのではないかと思います。

秘書部の仕事は毎日、新聞を見ることから始まります。関係するお客様の情報をキャッチするためです。お客様に対する気遣いやスケジュール管理、事務処理や役員の仕事を裏方で支えておりましたので、自分の立ち位置や目配り、気配りの大事さや仕事の進め方のポイントなども学ばせていただいたことが、役立っていると思えます。

振り返れば、学生時代に教育実習で伺った先々の先生方とのふれあいで、社会人としてのマナーを教えていただいたことが、根本にあるかもしれません。

 

働くだけの人生を送りたくない
自分や家族、仲間との時間を大切に

女性の社会進出ということが言われていますが、男女の働き方は入社されたころと比べて変化は感じられますか。

私が入社したころと比べると、雲泥の差がありますね。一般企業でしたが、いまは高度な専門スキルを持った女性が多く、活躍されていると聞いています。女性の感性を生かした商品やアイデアで起業をする、企業の役員になるなどの社会進出が目覚ましく頼もしいです。性差を問わない働き方や職種の選択の幅が大きく開かれていると感じています。

若い方たちが、自由に遠慮なく意見を述べることができるようになっている反面、言いっぱなしであることも見受けられることは気がかりですね。

定年年齢が伸び、働く場や環境が整えられたので、私も定年年齢60歳(当時)まで働くことができたと思います。少し古いですが、24時間働けますか⁉というコマーシャルがありましたが、当時の私は、ただ働くだけの人生を送りたくないと思っていました(いまもそうですが)ので、会社の趣味のクラブに所属していました。

おもしろいなと思い、40年以上も前ですがアマチュア無線の資格を取り、日本中の人と話をしていました。コーラスグループでは他部署の人とも交流ができ、海外で活動をしたこともありました。これらの仲間たちとは、今も交流が続いています。仲間との繋がりが、いまの生活に潤いと刺激を与えてくれていると思います。

いくつものことばを自然に身につけるヒッポファミリークラブにも参加しています。いまで言う仕事も自分の生活も大事にするワークライフバランスを当時から取っていたと思います。いまはその重要性が指摘され、柔軟な仕事の仕方や自分や家族との時間を大切にしながらの働き方を実践できるようになっていると思います。