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晴れときどきマーケティング no.2

晴れときどきマーケティング no.2(1)

シニアの再就職にマーケティングの知識があることは、基礎力として必要です。それを持てば、職場での会話についていくだけでなく、リードすることもできます。しかも、これは誰でもが持てるもの。知っておいて損はありません。
ここでは、これまでの私の体験で得た、現場感覚のマーケティング論を書いていきます。私なりの解釈ですから、こういう理解もあるのだとエッセイ感覚でお楽しみいただければ幸いです。

事業アドバイザー 伊藤 正明氏

事業アドバイザー 伊藤 正明

月刊「ESSE」編集長、その後「サンキュ!」「いぬのきもち」「ねこのきもち」などを立ち上げ、WEBサイト、通販、出版、食配、ペット各事業、地域おこしなどの統括事業本部長 執行役員。
定年後フリーで、高齢化社会、新規事業、マーケティングなどのアドバイザー、WEBプロデューサー(このサイトのリニューアルもお手伝いしました)。TVコメンテーター、講演も数々


晴れマno.2
企業は、アニマルスピリットが
なくなると衰退する

30代から新規事業の責任者をさせていただいていました。最初は雑誌で、そのあと幅広いメディアやグッズ、サービスなど、全部で10ほど立ち上げたでしょうか。新規事業案を考えて、事業計画書を作り、役員会を通し予算をもらい、それまでの事業部から新規事業部に自分で異動する。そんな繰り返しの会社生活を20年、30年としてきました。

そういう生活が染みついていたのでしょう。リスクが大きいという方もいらっしゃるかもしれませんが、全部自分の責任ですし、自分が決めたことですからストレスは少ないものです。組織の中なので、だめになっても自分が破産することもない。

まあ、会社をご自分で経営されている方から見れば、気楽と思われるでしょう。その通りだと思います。ただ、ある新規事業を役員会議で決裁いただいた後、某役員から「伊藤さんも、これを失敗したらこの会社にいられないね」とは言われましたが。おお、怖。

ケインズが言った

さて、ケインズです。ケインズって、評価されたり、けなされたり、復活したり、大変ですね。でも、それだけ巨人ということでしょう。

ケインズは言った。
「もしアニマルスピリットが衰え、人間本来の楽観が萎えしぼんで、数学的期待値に頼るほか途がないとしたら、企業活動は色あせ、やがて死滅してしまうだろう」と。

アニマルスピリットとは、「企業家の投資行動の動機となる、将来に対する主観的な期待。英国の経済学者ケインズが『雇傭・利子および貨幣の一般理論』のなかで使用した用語。経済活動の多くは合理的動機に基づいて行われるが、その一方で、将来の収益を期待して事業を拡大しようとする、合理的には説明できない不確定な心理によって左右されるとし、その心理をいったもの。『血気』『野心的意欲』『動物的な衝動』などと訳される」。

「デジタル大辞泉」より

なぜ、大きなリスクを冒してまで
企業は新たな事業を始めるのだろう

なんていうのでしょう。いくら調査しても、理論的に考えても、未来はわからない。わかっていたら30年間も眠った日本になっていない。わかっているのは、人口動態と自分が始めることだけ、と言われます。

なのに、なぜ、大きなリスクを冒してまで企業は新たな事業を始めるのだろう、新商品を出すのだろう、新分野に挑戦するのだろう。それは、動物的なつまりアニマルスピリットを本来持っているから。企業と言っているが企業という生き物はないので、企業活動をする人間ですね。

これはとても大切なことだと思います。きっと、アニマルスピリットがなかったら、人間は空も飛ばなかったし、時速300キロで列車は走らなかったろうし、カップラーメンだってなかった。今、世界にあるほとんどがアニマルスピリットのおかげだ。こんなたくさんのアニマルスピリットを始めちゃう人類ってすごい。リスペクトします。

最近多いのが、「選択と集中」という言葉。私はこれを安易に使うのがあまり好きでなく、「私、慣れているここで、慣れていることしかしませんよ」とか「よく知っているここから出ていきません。ずっとこのままが幸せです」と言っているとしか聞こえない気がします。それが、百年も千年も続けば皆それがいい。私もそれで食べていけるのならそれがいい。

先日、中国で象が長距離を行進したニュースがありましたね。象もそこに餌が豊富だったら、きっと移動したりしないでしょう。何せ、食べる量が違いますから、移動せざるを得ないのでしょう。鼻が長いのも、えさを求めて川を渡るとき呼吸をするためともいわれています。鼻が長くなったのでなく、長い鼻を持った象のみ生き残る、進化論ですね。

人類は生き急いでいる

でもどうでしょう。産業革命以来、とくに冷戦収束、そしてデジタル化以降、そんなことが通用するでしょうか。いいか悪いかは別にして、人類は生き急いでいますから。時代はどんどん進んでいく、ただそのスピードを緩めるすべはあるのでしょうか、そしてどんな速さが幸せなのか、わからないですね。私には。

先日、テレビを見ていて、小学生が東大の先生に人類の未来形を描き見せたとき、先生が「なるほど、でもね、産業革命からまだ300年も経っていなくてこの変化。遠くない未来に人類はいないかもね」というようなことを話されていた記憶があります。歴史的にこのスピードは、異常というしかないのでしょうね。

さて、戻りましょう。「選択と集中」から、アニマルスピリットという発想はたぶんでてこないですね。これってきっと、経営者はアナリストを意識してのことなのでしょうけれど。選択と集中と言って非難するアナリストはいないですから。
先日ある上場企業の方にお会いした時、進めていた、利益も出ていた事業を売却したという。「選択と集中ですか」と聞いたら、「そうです」と即答でした。その事業に関わっていて、その会社に少なからず愛着を持っていたスタッフを思うと、複雑ですね。

もちろん、今住んでいるわが町(企業における既存分野)にも知らないことや新しいことがあって、そこにアニマルスピリットを発揮するという可能性もあるのだろうけど、でもそれってホントと思ってしまうのです。

とくに今の日本を思うと、もう一度アニマルスピリットを持ちましょうと声を大にして言いたい。縮こまるな、翼を広げよう、空は果てしなく広い。経営者よ、選択と集中をみんなの前でしたり顔で宣言するのはやめよう。

そこまで書いて、でもでもと思う。両輪ではないかと。これまでにない、つまり社会に貢献できなかったことを積極的に事業化する、アニマルスピリットで。と同時に、今あるものを、失いつつあるものを再活用しながら、まあある意味、広く言えばサステナブルな社会ですかね。

両輪一緒になって、時代を良い方向に動かしていく。それも含めてアニマルスピリットでしょうか。