家族のために田舎に移住して畑暮らし

JR外房線の小さな駅で降りて徒歩10分、この場所に56歳で移り住んで畑仕事の毎日に転身した日下部すみれさんの姿がありました。

すみれさんは千葉県市川市に国家公務員の家庭に生まれ、短大卒業後は商社にお勤め、その後千葉県八幡で病院経営を営むご主人と結婚。2人の息子さんは医者と大学生……というこれ以上望むものはない生活をされていました。

では、なぜすみれさんはなぜ5年前に引っ越してまで畑暮らしを始めたのでしょうか?そんな質問からうかがってみることにしました。(*畑暮らしとは、生活の中心を畑仕事に置くことを言います。)

家族に安心な食べ物を食べさせたいと思った

畑暮らしの日下部さん

56歳で都会から移り住んで畑暮らしを始められた、そのきっかけは何ですか?

2011年の東日本大震災です。

その頃も庭で家庭菜園をしていたのですが、当時問題になっていた放射能汚染が気になり、家庭菜園の土を調べたところ微量ながら放射能が検出されて。まずは安心な土と交換したのですが、やはりそれだけでは満足できず、次第に引っ越しを考えるようになりました。

家族の健康を考えると、安心な場所で安心な食べ物を食べさせてあげることが母親として、妻として一番重要なことと思いました。そしてその思いはどんどん強くなっていったんです。移住しかないのかな、と自分の中では結論が出ました。

大きな転機ですが、すぐにご家族の同意は得られたのでしょうか?当時ご主人のお仕事は病院経営をなさっていらしたのですよね?

はい、賛成してくれました。

主人は、病院のほうは自分の代わりに守ってくれる人がいるし、家族の健康を守るのも大事なことだからと理解してくれました。それから新しい住まい探しが始まりました。四国だったり、伊豆高原だったり。良い環境や良い土を求めて日本中を探しました。

千葉・いすみ市に移住して

移住先を千葉県のいすみ市に決められた理由は何ですか? いすみ市について教えて頂けますか?

いすみ市は太平洋と房総丘陵の間に位置しているので、風景だけでなく山の幸にも海の幸にも恵まれているんですね。大きい建物はなくて、だからといって寂れることもなく、ゆったりと時が流れている感じがします。そして住んでいらっしゃる方が良い方ばかりです。私たち移住者を温かく迎え入れて下さいました。

そんな街だからこそ定年になってからの移住者がとても多くて、家の周りだけでも移住者のお宅が7軒もあるんですよ。今はどんなことがあっても、もうここからは離れたくないですね。

都会の暮らしと畑暮らしで大きな違いは何ですか?

人との繋がりができやすく、いろんな居場所を創れたことです。

家の前を通った人が、気軽に寄って声をかけてくれたり、ご自分のうちで採れた作物を知らないうちに玄関前に置いていって下さったり。みんな家族みたいに気兼ねなく過ごせるんです。

今はお化粧もしないで、うちにいる格好で散歩も買い物も平気です。みんなが家族のような気取らないお付き合いができるところなんですよ。

1日の過ごし方をお話し頂けますでしょうか?

季節によっても天気によっても違うのですが、6時前後に目覚めたらまずストレッチ。それから飼い猫7匹(全員捨てられていたのを拾ってきた子ばかり)の朝ごはん。そして畑に出ます。また、今はご近所のグループでお醤油を作っているので、その作業に行くこともあります。

大豆の香りが生きている搾りたてのお醬油の透き通った色と味は、付けた物の味を邪魔せず、さらに活かしてくれるんです。そしてときには畑で作った野菜や庭で採れた果物を使ってジャムやお惣菜を作ったり、それを共同のマルシェで他の方に分けたり、と忙しいけれど遣りがいがある毎日です。 

醤油づくり

ご家族はこの生活に変わっていかがですか?

今は息子たちも独立して主人と二人暮らしなのですが、主人は畑仕事には口を出さず、ご近所で介護の必要な方の車の運転を引き受けています。

私たちの朝食は、私が畑で作った小麦で焼いたパンを、お昼は畑の食材でパスタや麺類の具を作って冷凍したものを、そして夜は二人でゆったりと食事をとるような生活をしています。とにかく自分が作る物だけでなく頂き物も多いので、毎日のお料理を工夫するのはとても楽しみです。

そして東京や大阪に住む息子たちには、欠かさず宅配便で安心な食材を届けられるのが本当にうれしいです。

自分は自分のままで良いと思えるように

現在はどんな作物を作っていらっしゃるのですか?

実は自宅の隣の30坪程の畑は貸して頂けたのですが、畑仕事についてはもともと家庭菜園程度の知識しかない私でした。ですから引っ越した当初は、何を作るかよりまず畑の土壌作りから始めなければなりませんでした。

土壌作りは、お隣のおじい様が基本から教えて下さいました。工具もお借りして・・。

だんだんと作物の種類も増えて、今では、そら豆・スナップエンドウ・きぬさや・玉葱・じゃがいも・にんにく・白菜・大根・かぶ・いちご等作っています。形は良くないものもありますが、野菜のもつ香りや味は格別です。相性の良い野菜を一緒に植えるとお互いを守ってくれることとか、野菜から種を取る方法とか、本から学ぶことも多かったんですが、近所の方が沢山教えて下さったんです。

とにかく、食べて体に良い野菜を作ることに気を遣ってきました。農薬や化学肥料は使いたくないので、肥料は野菜くずをコンポストに入れ、さらに糠や野菜や落ち葉を混ぜて作っています。虫や微生物も肥料作りを助けてくれるんです。

畑暮らしを始めてみて、感じたことはありますか?

畑仕事の大変さです。まず気候に左右されることですね。

丹精込めて作っても、台風が来たり大風が吹いたら野菜は一瞬でダメになってしまう。自然の力の大きさをあらためて感じました。

ここに来る前に買っていたスーパーに並んだきれいに形の揃った野菜たち、どうやってあんなに沢山きれいに作れるのか? とあらためてすごいと思います。同時に農業に従事している方たちの苦労を考えると、野菜は安すぎると痛切に感じるようになりました。野菜が実ることは大変うれしいですが、農業の苦労を知ったこともよかったことです。

いすみ市に転地し、畑暮らしをするようになってご自分自身に変化はありますか?

心を開くようになりました。都会に住んでいた時は、私の中に「こんな風でありたい、こんな人でいたい」という理想像があり、いつもそれを追いかけていました。でも今は「私は私のままでいいんだ」と思えるようになったんです。だから毎日楽に過ごせます。

今一番幸せに感じるのはどんな時ですか?

こちらで友達になった方たちとおしゃべりをする時ですね。

マルシェといってそれぞれの家でできた野菜やジャムやお惣菜を持ち寄り、いすみ市独自の通貨=米(マイ)でゆずりあっているのですが、その仲間や近所の友達と作物のことや日々の出来事をおしゃべりするのがとても楽しいです。移住者も多いので、今では自分が行ったこともない遠くの街の出来事も自分の故郷のように感じます。

それから毎日夕方に約一時間の散歩をしています。これも欠かせないし、欠かしたくない特別な楽しい時間です。自然の移り変わりや可愛い鳥の様子をながめたり、そのさえずりを聴きながら山と畑に囲まれた道を歩くんです。あー幸せだなあーーと感じる瞬間です。

共同のマルシェに出す「採れたて苺の大福」と「採れたて野菜を使ったお惣菜」

これからの夢はなんですか?

健康に気を配る子育て世代の人や一人暮らしのお年寄りに、食べて頂けるだけの美味しくて体に良い野菜を作りたいです。なぜなら体は食べた物でできているのだから。家族だけでなく、皆が健康でいられるお手伝いをしたいと思っています。

自分で畑仕事を始める前と始めてからで農業のイメージはかわりましたか?

農業というのは、沢山の知識や経験が必要なんだけど、それだけでなく、自然と協力しながら作物を作ることなんですね。

大きく実りはじめた大豆なのに、大風が吹いて根元から茎が折れてしまったことがありました。そして天候などに左右されるだけでなく、日ごろから畑の雑草をむしったり、野菜に付いた虫をひとつひとつ取り除いたり、収穫後には野菜を「洗う」作業の大変さなど・・畑仕事を始めてから農業が如何に大変かがよくわかりました。

お店に当たり前の様に並んでいる形の揃ったきれいな野菜たち、そこには日々の農家の方のご苦労がたくさん詰まっているんですよね。

それから以前は農薬を使うことには否定的だった私ですが、作物作りの大変さを知ってから、その考えは薄れました。沢山作る上でやむを得ないことなのかも、と思うようになりました。でも私は、農薬を使わずに作物作りを続けていきたいです。

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